本当の自分

意識が向いている・向いていない

シマエナガ21



例によって、検索も何もしていないのに

シマエナガちゃんの動画がテレビ画面に現れ

苦笑いしながら、それを視聴しました

懐かしい、UHBテレビとか出て来て

皆さんマスクをしていたので、あの動画はコロナ禍の最中だったのでしょう

しかし、札幌に住んでいたのにシマエナガちゃんを知らなかった

と、言いますか

野鳥に意識が向いてはいなかったんですね

あの動画を視聴して

バードウォッチングに興味が湧いてきています


意識が向いている

意識が向いていない

こんなに違うんですよね~


札幌に住んでいる時に野鳥に意識が向いていたなら

シマエナガちゃんを自分で撮影して、写真をいっぱい撮って

このブログに載せていただろなぁ~なんて思います♪



ところで、他の方のブログは読まない方なんです

まみともさんのアメブロも読んだことがありませんでした

つまり、意識が向きませんでした

昨夜なぜかまみともさんのブログを検索して読んだんですね


そこに書かれていたのは

自分自身との契約・約束というものでした


これを見た時に、あっ!って思ったんです


いつだったか忘れましたけど

「自分自身というものが表現したいこと」

これについて、気づいていたけれど

気づかない振りをしていた

でも、それを認めました!!

と、このブログで書いたと思いますが

まさに、それは

自分自身との契約であり、約束なのだと思います


自分自身に嘘は付けないのだということですね


しかし


笑えるほど

笑えるほどそんな、こんなも

一瞬、一瞬、消えていくんですね

なので

自分自身との契約・約束は


“私は 私が何をしているのか

わかっていません

わかっていないので 安心があるのです”


という、この言葉・・・

この言葉は、ある時

ヘルメスさんが教えてくれたことなんですが

ソミソララ的に

名言だと思っています(*^。^*)

なぜなら、実際にそうなっているからです

何度もこの言葉でクスっと笑いが込み上げてきています♪


私が 何をしているのか

わかっていないまま

無為自然に

この契約・約束は成されていくものと思います


でも、自分自身との契約・約束に気づき

それを認めたのですから


なんていうのか

存在として、満足しています

存在とは

存在しているということ

わかりますよね?

存在していますよね?

存在していなければ、ここに存在していませんから


存在(在る・自分自身)からすると

存在しているから、存在の中に現象が現れるんだよ

ということ

「存在あっての

自分自身あっての」

現象世界だよ

ってこと♡


自分を何としているのかで

全然違うことになりますよね


自分がこの肉体で、心も思考も自分だと思っているのなら

そこからしか、すべては現れませんよね


でも、違う

自分自身「在る」は

現象には一切関わってはいません

これが実際のことなんです


自分自身が肉体で、心で、思考でと思っていれば

例えば更年期障害

(男性の更年期障害が問題になっているということを知ったので)

その症状を自分事とするので

とんでもなく深刻になっていくんです


この症状は男女共、重症になる・ならないに差がありますよね

自分 自分 自分

この想いの力が重症化させるということなのです


カラダさんに現れる症状を自分事としないで

見守る側になれたなら


「あ~、いま、身体が重たいんだね」って

「いまジャンクフードをお腹いっぱい食べたいんだね」って

「仕事、行きたくないんだね」って

「心身が重くて、辛いんだね」って

「とにかくいまは寝たいんだね」って

余裕ができます


カラダさんを見守り、癒す側になります

実際、私たちはそうなのだから

自分や自分に現れる世界の救世主なのだから


意識が

肉体=私から

肉体を見守り癒すことができるという

“自分自身”へと移行します


すべては意識なんですね

私たちは意識なのです

心を癒すことができる、救うことができる存在なのです


自分自身へと移行する

これこそ

悟り、目覚め、真我実現、本当の自分を知るということなのです

姿形無き 自分自身です

意識としての自分自身

それが「在る」です「自分自身」というものです

私たちは

“それ”が何なのかをわかることはできません

できなくても

わからないまま

あるがまま

なのです


近年、それに気づく人が増えていますよ

5年後、10年後

きっとそれが当たり前になっていますよ










関連記事