真我

人生の脚本を終えるのはいつ?

キレイ2



去年の11月から

新しい講座を受けていて

これはグループ講座なんですね

月に2~3回程度の講座でゆっくりと進んでいます

まんま実践講座を受けて

実践を続けて自己の確立が成された人が受ける講座


自己の確立というものをソミソララが表現するなら、これしかない


私は神が創造したままの私である

私の心の奥深くに 内なる神聖なキリスト(救世主)が

私自身として認められるのを待っている

真我(キリスト)が認められず、知られないままでいるうちは

私は道に迷ったままであり、自分自身を知らない

(奇跡のコースより)



まさに、この言葉がすべてを現わしていると思います

つまり自己の真相がはっきりすることです

しかし、当たり前のことですが

自己の真相がはっきりしただけでは救世主ではありません


ゆっくり進む



自分の中から湧いてくる不動さ、この微動だにしない感じ

とても強くて、何ものにも影響を受けていない様


最近のソミソララはそんな自分を感じ取っています

それでね

今朝(というか以前から何度も)思い出したんですね

2016年11月から2021年の始まりの頃まで約4年間

ソミソララは自分の聖霊(モナド)と共にありとあらゆる体験を見せられてきました

その中身と現在のソミソララは

見事に「あること」で一つに繋がっています

そして、この沸々と湧いて来ている不動さ

微動だにしない強さみたいなエネルギー

これは、何を意味するのか


本当は気づいていた・・・


※関連記事
魂を人に任せない、委ねない

何年も前にこんなこと書いてるしね


でも気づいていない振りをしていた

何年も前に、モナド(聖霊)は言ったんですね

「私は世界を救う救世主だ」と


他の事はどんどん忘れていくし、消えていくというのに

こういうことは忘れません

自分の真ん中にどっしりと在ります


私たちの、この体験というのは

何が成されるべきなのかと言うと

これは、実は一つしかありません

自分の世界を癒すことです

為すという行為者ではなく

成されるという無為自然であること

つまり、個人の私が成すのではないということです


それは

「自分自身に現れるすべての心を癒すこと」

私たちは救世主であるということ

自分の心も誰かの心も同じものであるので

すべての心を癒し救います

どんな方法で、どんな表現で現れるのかは人それぞれですね

この時、自分の心も、誰かの心も分離していません

ひとつとして、同じ心であるとして成されていくと思います


ソミソララは自分がどのような表現が成されていくのかについて

これを今朝、この事について認めました・・・

勿論それは一側面であり

制限なく様々な側面があると思います


現在受けているこの講座は

もう自分自身に嘘はつけなくなるという特徴があります

まみともさんが伝えている真心というのは

神、真理そのものであるからです(ソミソララの表現です)

神に嘘をつけるはずがありません


人生の脚本は初めから決まっていると思います

その脚本を終えるだけの人もいると思いますが

自己の真相がはっきりすると

その先には、脚本を終えた後の

まさに、何も決まってはいない一瞬一瞬が

この身体を使って表現されていくのだろうと思います

急にそうなるのではなくて

じんわりと、気づかないうちに、いつの間にか

そして、行為者はいません

ソミソララ(表現のエネルギー)だけが在ります

その根底はキリスト(救世主)です

去年出逢った、まみともさん、ヘルメスさん、奇跡講座のnorikoさんの3名は

まさに、救世主に見えます

どんな方法、表現であっても

表面的な行為自体ではなく

目には見えない部分

内面(心)の救世主です

心の投影が終われば、あなたも救世主

神にサレンダーするとはそういうこと・・・


今日のブログは、書きながら号泣しました











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