本当の自分

想いの力の素晴らしさと恐ろしさ

2023キャンドル


9月23日 ひと言

涼しい・・・




この肉体に様々な滞り、思い込み、錘、ブロック、トラウマ

こういったもの

一言でいうと それは想いですね

全部、想いの力が作り出したものです


2016年の、確か11月だったと思います

聖霊(モナド)は私の元にやってきました

聖霊と共に様々なスピリチュアル(精神世界)を体験しました

様々な「想い」で作られた滞りが

実際の出来事を通して現れ、浄化され、宇宙へと手放されていきました

浄化の過程は

苦しいの一言

これはいつも三日三晩続いたのですが

言葉にするなら、のたうち回るほどの苦しみです

何度かこういった経験をしていくうちに

あ~、来たな!またかぁ。。。

という、ある意味余裕のある自分が居て

そして浄化の過程では

いつも必ず聖霊がそばにいてくれて

ここに居るよ!これは終えなければならないんだよ

という風にして見守ってくれていました


これを、いま

あ~、あれは自分自身のものではなかったのか

この肉体に作られた想いの力の現れだったんだ

つまり、イマジネーション


肉体は実在ではありません

実在とは 始まりもしない、終わりもしない

変化しない不動である

つまり神だけが実在であるということです


私たちの本質は神そのもの

真我です

それが昨日書いたホワイトボードです

真我は心の投影の世界に気づく

気づきそのものですが

気づこうとしてはいません


つまり気づいてはいるんだけれど

何に対しても意味を持たないので「知らない」ということです

何かに対して気づくというのは対象があるということなので

それは心の投影ということになります


気づきから

何かの対象へ向かう心が現れ、それが投影されていきます

このようにして自然にそれは起こって来るので

これを見抜けるようになるまでは

頭の理解と実感を重ねていくしかないと思います

頭の理解だけではズレまくりますし

実感しても意味が解っていなければ何にもなりません




本当はただ気づき

気づきとして在るだけなのです

気づきに現象が現れ、そして気づきにそれは消えていくのです

ホワイトボードに現象が現れ

そしてホワイトボードに消えていく

過去は残りません

何一つ残っていません

実在しません


ですから肉体という幻想の中に作られた想いによるイマジネーションの現れを

自分ごととして見ているうちには

「想い」の力がどんなイマジネーションでも作ってしまいます

あなた自身がその想いにエネルギーを与えることになるのです

しかも、ほとんどは無意識に・・・


イイことならいいですけどね

逆もありきですよね

“無意識に”それをやってしまっているかもしれないというのは

ある意味 恐ろしいことです


何だって

何だって作り上げてしまいますからね

ですから

ホワイトボードになってみてねって

昨日のブログでは書いてみました


それらは実在ではありません

これから作られるものはすべて実在ではありません

始まるものは、創造されるものは

かならず終わるのです、消滅するのです



神は

肉体とは

想いとは

浄化とは

手放すとは

赦すこととは

そして本当の自分とは何なのかを


これらを、この肉体を実際に使って教えてくれました

これは「私」という個人が体験したのではなく

全体の機能の一部として起こったのだと

いまは理解しています


















関連記事