本当の自分

自分自身を見失わせるトラップ

アイス




悟り、目覚め、神、真我を求めて探究中の

お仲間さんへ

こんな時期はありませんでしたか?


私とはなんなのか?

真理に向かうと

わからなくなります

元々いない

軸(私)が消えていくから


本当の自分を見つけないと悶々とします

今まで、これが私と信じて疑わなかった

疑いようがなかった自分

私というものが薄れていくプロセス

その自分、私、という軸を失っていきますので

少しずつ、自分、私、が消えていく過程でブレブレになるんですね

それで、これではダメ!って言って

自分、私、に軸を戻しながら

バランスをとりながら探究を進めていく人も多いのかもしれません



全体の“私”への関心

自分自身にエネルギーが注がれていれば落ち着いてくる


全体のそれからしたら

エネルギー不足はあり得ません


でも、自分とは、私とはなんなの?の時期には

それにまだ気づいていません(知識では知っていても)

本当の意味で、神、真我、全体に関心が向いていませんので


本当の私から

外へと

意識が向かってしまっていたそのエネルギーが

落ち着かないわけです

だから瞑想とか色々な実践で

じんわりとエネルギーを自分自身に向けていくんですね


そもそも私とはなんなのか?

そう

私とは意識

意識には個的感覚がない

意識は意識

純粋意識です


意識だけの時、満たされている状態

これが気づきの状態

この状態から少し戻って来て、身体を感じ初めている

或いは心が何を思っているのかに気づき初めている

このように意識そのものの状態から

自分でないものが覆われていく

元々は意識そのもの、気づきそのもの

変化しない状態 これが本当の自分

朝、目を覚ました

「朝だー!」って身体感覚、心感覚が現れる

そうして意識から

個人的な自分に変わっていくのだと

それを知っていること


まるで本当の自分の前に霧が現れ

いつの間にか自分自身が薄れている感じ

でも本当の自分はここにずっと在るので

捜す必要などない

それよりも自分じゃない霧を晴らしていく事の方が

ずっと大事

いまこの時も真我なのであって

真我以外にはなれないので

それをちゃん認識していること

心に意識を持っていかれたら

すぐに気づいて、その霧は幻想である事を思い出し

自分じゃないもの

心をちゃんと見つめてあげる

すると消えていく

次々と表れる思考も消えていく

なぜなら実在ではないから…


自分が分からなくなったら

自分とは「意識である」ということをまず思い出すこと

意識は意識そのものを

見る、感じる、触れる、知覚する事はできない

よく言われているのは

目は目自身を自分で見る事はできないのと同じように

意識は意識を自分で認識する事はできないのだと

これを思い出す

意識は自分ではわからないものなのだ!

だからこそ

沈黙、静寂、じーっとしながら

気づきになる

或いは気づきに気づく事が大事

自分自身にエネルギーを与えて

自分自身からエネルギーを与えてもらうような

そんな感覚で、ただじーっと

意識としての自分自身は個的感覚の外側にあります

全体です


まだ個的感覚を行ったり来たりしているうちは

エネルギー的に落ち着かないのは当然です

身体が宇宙の波動の影響を受ける事もあるでしょう

ラジャス、タマス、サットヴァ

自分自身がわからなくて苦しい

悶々する

この段階の渦に巻き込まれてしまったら

そこから脱出するには

こういった知識が助けてくれると思います


ブレブレするものなんです!

そういうものなんです

そういう時期があるんですよ

同じ道を進む仲間として言えることは

苦しまないで

苦しんでいるのはあなたではないということです

それは思考です

ほぼほぼ全部思考です


そう

落ち着いてもらったら困る、実体なき存在…

それが自我(思考)というものです

自我が創り出すイマジネーションは本当に凄いですからね

コンフォートゾーンから抜け出させないように

マトリックスのエージェントのように常に見張っていますから

  

一昨日ね

あー、これが自分自身だぁ

という気づきがあったので、ちょっと書いてみますね

全然大した話じゃないんです

皆さんが普段から経験しているであろう普通の事なんです


近くに買い物に行って

帰りにレシートを落としたんですね

そうしたらおじさんの声で

「落としたよ」と聞こえてきました

それが一瞬だったんです

ソミソ・ララは あっ!有難うございます!と言葉がでてきました


おじさんの「落としたよ」の「よ」とほぼ同時に

「あっ!有難うございます」と言葉が出ました


その時のソミソ・ララがとってもね、感じよくて爽やかで

凄い!いまのって、反射的に言葉が出たなぁ

そういえばソミソ・ララはこういうときって

いつも、こうだよなぁ


で、気づいたんですね

あ~、あれが自分自身なんだなって気づいたんです

それは思考を挟まない、瞬間の反応、瞬間の言葉、瞬間のふるまい

神、真我

つまり全体の私は

あのソミソ・ララを


あのソミソ・ララとは

姿かたちを言っているのではなくて

それはエネルギー的


あのエネルギー的なソミソ・ララを

この身体を使って表現されているのかもしれないなって



ねっ

大した話じゃないでしょ♡

でもね

この身体、この心、この思考マインド

これらと一体化していない自分自身とは

こういう時に現れるんでしょうね



思考が挟まったらもう個人です

考えや感情や表面的な行いや態度など

それらは個人です


しかし、一瞬の中には毎瞬リアリティがあり

それは一瞬で消えてしまいます

その時にだけリアルがあります


見逃すな!!

こういうのが全体

“それは在る”の表現 だぞよ ♡(*^。^*)♡




















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