本当の自分

なぜ真理を求める?

世界の3




体験のみがあって

体験した者はいない

体験は、ただ流れていく

体験を所有する誰かはいない


最近とてもこの事を実感しています

いくら過去の体験を思い出してみても

それは、無い

スピリチュアルな美しい体験、素晴らしい体験も流れていく

そして体験した誰かはいなかったんだなぁ

誰も掴めない、所有する誰かはいない


時間、空間の無い“いまここ”

永遠の“いまここ”しかないのだから


ただその都度、その瞬間には確かに体験はあった

保有したつもり(体験したつもり)にはなった

でもやはり体験のみはあっても体験者はいなかった

そして体験は流れていったと

なぜか実感しています


私の真我

というものは無かった

私の、と言っている私がいない

ただ真我だけが在る

それが本当の私


私がいなくて、本当の私は真我ってどういうこと?

私という個人がいないのだから

真我というのは途轍もなく大きな存在

神とイコールだということです


私たちは意識であり、それはエネルギーですから

この二元の世界である変化するところに意識を置いていると

そりゃ~ 自由に動くわけですね


なぜ真我実現をするべきなのか、真理を学ぶへきなのか

それは不変である神、真我へと

元々の私たちに落ち着くためです

不二一元に

元々の私たちというのは一なる絶対意識と一つですから

(究極的には初めから神さまと離れてはいませんが)

意識を向けている世界が二元の世界

変化してなんぼの世界なんですから、そりゃ~ブレブレして

不安になったり泣いたりHappyになったり大笑いしたりする

いつまでも幸せを求めてブレブレ、ブレブレ


良いんですけどね、それでも(*^▽^*)


でも、もういいやって!

もう、ブレブレするのやめたい

本当の事が知りたい

そんな意識になっているなら

神さま(真理)からのお誘いが来ているのです

ブレブレのない、安心と平安と歓びに満ち満ちる


現象世界ではそのまま色々起きるでしょうが

意識は神、真我と共に在るので

安心、平安なわけです



からだは、“からださん”

寝て、起きて、食べて、排泄して、動いて、

からださんは、熱をだしたら

ただじーっとしている(寝ている)

そういう時、食べちゃだめ

熱が体内を浄化し、からだは整体される

誰がそれをやっている?

そう、“いのち”

いのちが“からださん”を生きている

寝る、起きる、食べる、排泄する、動く

からださんの動きだけを見ていると
 
毎日、毎日、ただそれをやっている


自分がからだを動かしているのではない

“いのち”がからださんを生きている


人間の内側

心、感情、思考、マインド

すべては湧いて来ては消える

それに気づいている自分でさえも、やはり「心」


覚者、聖者と呼ばれる方々も

やはり、「心」だった


イエスさまはこのように仰った

「悟りとは変化ではなく、認識である」

「汝、自身を知れ」

覚者、聖者の皆様の心は、正しく神を真我を認識し

それを表現してくれる

覚者、聖者と呼ばれる方々は

正しい心で話すときと

真我そのものを表現するときがある

覚者、聖者の皆様はふたつの表現を使うようです


心が知識を学んでいる時

知識を保有したと勘違いしているうちは

悟れないという話しをよく耳にしますが

それは探求の道すがらであるということですね


知識を学びながら、確かに意識は変化していきますが

それが確かなる、変化しない認識へと落ち着く

これはエネルギー的な部分もそうですよね


いつしかその落ち着かなさも終わって

じ〰っと、ただじ〰っと、していられるようになる



ところで、思い出したのです

確か、神との対話にこんな言葉がありました

人間は誰しも死を迎える時

その一瞬だけ至福を体験する、それは途轍もないものだ


言葉は違いますが、このような事が書かれていたと思います

つまり、肉体が死を迎えるその一瞬に神を体験する


これは真理の側からすると

そう、

肉体が死を迎えるその一瞬に

本当の自分を体験するということですね 


だから真理を知っていたほうがいい

そう思わない?

肉体が死を迎えるその一瞬だけ

本当の自分を体験する

本当の自分を…

でも、なにこれ?って

それで終わったら勿体ない(笑)

勿論、この上ない至福なのだと思いますからそれでも良いのでしょうけど


あ~、本当の私って・・・

一瞬でもそう思えたなら

そして安心して肉体の死を受け入れられたなら

真理を求める、真我を実現する、

神と一つであることを、神とは?を、真我とは?を

ちゃんと認識できていたなら

最高なのかもしれません



そして、願わくば

からださんが元気なうちに、真我を実現し

正しい心

真我の表現を体験してみたい


もちろん体験する誰かはいない…





26455974_s.jpg
関連記事